台風…

 外は風雨が激しくなってきました。5月の台風なんて…季節の移り変わりが昔とは大きく変わってきたような気がします。春雨とか、五月雨とかいう雨を表す言葉そのものも死語になっていくのでしょうか。最近は集中豪雨なんていう情緒のない言葉ばかり耳にするようになりました。

 台風といえば…忘れられない思い出があります。

 私は7歳まで家庭の事情で祖父母に育てられたのですが、当時の榛原郡吉田町川尻という所に住んでいました。すぐ側を大井川が流れていました。その地名でも判るように、川尻は河口近くだったので、その川幅は広く、大平橋という日本最長と聞かされていた木製の橋(後に島津市の蓬莱橋が最長だと知りがっかりしましたが)がかかっていました。子どもの目にはむこうがわが霞んでよく見えないくらい長い橋でした。

 昭和35〜6年でしょうか…小学1、2年生だったと思います。大きな台風に見舞われ、大井川が氾濫して床上浸水したことがありました。子どもは危ないからと二階へ避難させられましたが、退屈だった私は吹き込む雨も気にせず窓を開け放して、二階から千切れ飛ぶ雲を眺めていたのです。大人たちは水を食い止める作業に忙しかったのでしょう。いつまでたっても帰ってきませんでした。

 そんなとき、裏庭の池に繋がれていた筏のひもが切れたのでしょう。どこからか流れて来て二階の窓すれすれに、まるで、どうぞお乗りくださいとでもいうようにしばらくそこにとどまっていたのです。私は何も考えず窓を乗り越え、筏に飛び移り、そのまま漂流してしまいました。

 後できいたところによると、村の消防団の方たちが荒れ狂う風雨のなかを必死で捜索にあたり、発見されたとき、私は楽しそうに手を振っていたそうです。

 そういえば…遠くで必死に手を振る祖父の傍らで泣き崩れる祖母、ものものしい大人たちの何か大声でわめいている姿が記憶に残っています。本人はトムソーヤ気分でヒューヒュー!と上機嫌で流れて(流されて?)いたわけですからとんでもない子どもだったんですね。

ごめんなさい。天国のおじいちゃま、おばあちゃま。

そうか…あれは伊勢湾台風だったのか…。

劇シネ〜蒼の乱

 渋谷にガラスの仕入れに行った帰りに、ちょっと足を延ばしてゲキ×シネ「蒼の乱」を観ました。

 大昔に「青髑髏」を舞台で観たことのあった私は、お恥ずかしいことに、その後ゲキ×シネと聞くと、てっきり舞台があって役者さんがお芝居をする演出に映像を加えるというのを劇シネというのだと思い込んでいました。

 だから映画が始まって…え?これって映画じゃない?と思ったしだいです。でも、観ているうちに…どんどん舞台(映画?)に引き込まれ、夢中になってしまいました。役者さんの息づかいまで伝わってくるので、遠くから観る本物のお芝居より臨場感があるといってもいいかもしれません。

そうはいっても舞台の良さは別物ですけれど…。

 主役の天海祐希さんはあの美しさと逞しさに加えて、良い意味でも悪い意味でも宝塚的迫力満点。大好きな松山ケンイチさんも頑張っていたけれど…なんといっても太刀さばきは太一っちゃんのほうが決まってる!当たり前かっ!橋本じゅんさんの黒馬鬼(クロマキ)も最高でした。(馬なんだけどね) そして…一番存在感があったのは大御所の平幹次郎さんでした(笑)貫禄ですねぇ!
 楽しさ満載のゲキ×シネでした!

 映画館を出て、変わり果てた渋谷の街を、遠い昔を思い出しながら夕暮れの風に吹かれて歩きました。
たまにはいいね。こんな日があっても。
あっ新宿にゴジラ見に行くの忘れて帰って来ちゃった!

タイトル

タイトル(表題・見出し)というのは結構難しいものです。先に決めると書いているうちに内容がまったく関係ないものになってしまうこともあるし、かといって、タイトルがないとなんとなく漠然としてしまいます。

作品にはテーマとかコンセプトといわれる、要するに概念というものがありますが、
疑念とは全体の元となるおおまかな考えです。
どういう考えのもとにどんなものを作りたいのかということですが…あまり難しく考えてもなかなかイメージできないこともありますよね。
でも、 言葉にできなくても頭の中にはイメージする「何か 」が必ずあります。それを引き出すのが先生の仕事です。

作品展のとき、できあがった生徒さんの作品を眺めながら、作品名を決めていますが、生徒さんと相談しながら、 これは大和、これは白雪姫、これはビタミンなどと、おもいつくまま自由に名前を付けるというのは楽しい作業です。あまり深く考えずに命名するほうが的を得ていることが多いです。
ビタミンという人気作品は、人伝えに後にリコピンと呼ばれるようになりました。これは商品名なのでタイトルではなく愛称ですね。

ちなみにグラスインのコンセプトは「シンプル」です。
できればこれに「シック」という概念を加えたいと思っています。
シックとはフランス語で上品で落ち着いている様という意味ですが、
これは持ち合わせていないので(笑) なかなか難しい…。

今日はそんなことを考えていました。
今制作中のお寺のステンドグラスはマンダラをイメージしていますが…これが考えれば考えるほど判らない。

マンダラとは…??
単なる装飾的な図絵ではなく、本質や真理にいたるための仏教 の宇宙観を感得するための助けとなるイメージの増幅器のようなもの…とあります。


いったいどうなることやら…頭の中がマンダラだらけ…。

掃除

お天気が良くて仕事がキャンセルになったので、久しぶりに掃除に専念しました。

開け放した窓からは心地よい風が流れこみ、音楽はフレンチ・カフェ(アコーディオンの懐かしい音がパリを思わせます)、洗濯機を回し、ルンバちゃんと一緒に隅から隅まで床を磨きました。

そして…なぜかふと昔旅の途中で訪ねたあるお寺の僧侶が言った「掃除さえしていれば自ずと悟れるものですよ」という言葉を突然思い出したのです。

実は私の母校は「捨我精進(しゃがしょうじん)」という教えをモットーとしていまして、さらに何故か掃除を推奨していて、寒い冬の朝に冷たいバケツの水でぞうきんを絞り、講堂の床の拭き掃除をさせられたものです。信じられないことに校庭にはモップを持った初代校長先生の銅像まであったのです!!嘘ではありません(笑)

当時ロック少女だった私は、掃除なんて時代錯誤だと思っていました。それに、我を捨てて何が精進なの?などとその教えを忌み嫌っていたものです。だから、掃除と聞いただけで、心の奥に何か抑圧された嫌〜な感じが今でも蘇るのです。(ごめんなさい…真面目な学友たち)

また運悪く、母は日本赤十字で鍛え上がられた看護士で、筋金入りの潔癖症。部屋中を消毒しているのではないかと思うほどの掃除好きです。隔世遺伝なのでしょう。娘も祖母そっくりの綺麗好き。おかあさんの周りにはゴミが湧く…と 家族からはばい菌扱いされていました。(笑)

あれから半世紀近い時が流れ、掃除で悟りを開くことができなかった私は、今でも整然としているより少し散らかっているほうが精神が安定するのです。

長生き

人の平均寿命が延びているというけれど…本当にそうなのでしょうか?

私の母は昭和5年生まれの85歳でとても元気です。この年齢の平均寿命は女性の場合92.3歳だそうです。 もちろん個人差もあるでしょうけれど、今元気でいるお年寄りは私達の親の世代、昭和一桁世代ですよね。

ちなみに私の年齢(62歳(^^;))の平均寿命は女性で86.5歳、男性だと81.3歳だそうです。現在のデータだから将来は変わってくるのかもしれませんが…この数字の意味するところは、私達のほうが平均寿命が親の世代より短いということですよね。
実際、 ここ数年で私のまわりで亡くなった方は皆60歳前後、3人は肺癌。一人は子宮癌、もう一人はリンパ腫。前の年の忘年会に会って、年賀状には「今年はすごい年になりそうだよ!」と書いてあった友人は1月4日にゴルフの帰りの運転中心筋梗塞で亡くなりました。死因はともかく60代に亡くなる人って案外多いのです。
先日愛煙家(この言葉もそろそろ問題になるのでしょうか?)の友人のK氏が「僕の周りの友人はみな煙草をやめて5年以内に亡くなっているんだけど…君は煙草やめた?」と言うのでちょっと笑ってしまいました。それはもしかしたら、具合が悪くなって煙草をやめたけれど、結局は病魔から逃れられなくて死に至ったからではないかと思うのですが…彼がまるで煙草をやめたら5年以内に死ぬのかなぁと言っているようで笑ってしまったのです。ごめんなさい。

確かにストレスを抱え込むより、節度のある身体に悪いこと(矛盾しているかも…)をしているほうが心身共に健康を保てるのかもしれません。人間なんて、ひとつくらい何か解放される術を持っていないと生きていくのが辛くなってしまうものですから…というのは言い訳でしょうかねぇ?
ものは考えようでいかにでもなる…と老衰で亡くなった祖母が生前よく言っていました。ちょっと立ち止まって、アンチエイジングとかいかに長生きするかとかいうことを考えるのを止めた方がいいと…私は思います。死は必ず予告なしで訪れるものだし、死を遠ざけるのではなく、死に向かっていかに生きるかということのほうが大切だと思うのですが…。
私は7年前に胃癌で胃を切除しましたが、もし手術をしなければ5年後には確実に末期を迎え死に至ると医師にいわれました。当時55歳だったので、もし癌が発見できなければ60歳で亡くなっていたということです。現在元気でいられるのも奇跡のようなものです。人の寿命なんて本当にわからないものです。

今日を大切にしましょう!!

焼身自殺

ちょっと暗い話になってしまいますが…

世の中に自殺の手段は数多くあるのでしょうけれど…私の中での焼身自殺というと、ちょっと宗教的で 、何かに対して強く抗議する行為のひとつであるという思いがあります。

もちろんなんらかの理由で人が自ら命を絶つということは、その真意のほどははかり知れないもので、 あまり軽々しく論じるものではないと思いますが…
それにしても、昨日の新幹線で起こった事件は、心の奥にわりきれないものが残る後味の悪いものでした。事件の真相を詳しく調べたわけでもなく、何もわからないまま自分の意見を書いてはいけないのかもしれません…

しかし、それにしても、何の声明もなく(声明があればいいというのはありません)他人を巻き沿いにして、大勢の人に迷惑をかけてまで、なぜ焼身自殺でなくてはならなかったのでしょう?なぜ新幹線の中でなくてはならなかったのでしょう?やはり無言の抗議だったのでしょうか?抗議だとしたら他に手段はなかったのでしょうか?

後で聞くところによると自殺した男性は年金で暮らしていけないとこぼしていたそうですが、それは多くの人が抱えている不安でもあるわけで、同情の余地もありません。 いずれ誰もが迎える年金暮らしです。

例えどんなに生活が苦しくても、決して他人の人生を奪ってはいけません。
事件に巻き込まれた女性に心から哀悼の意を表したいと思います。

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Msらしさ〜2000年の投稿記事

人類という大きな共同体の基本単位である家族において、出産という重要な役割を担っている女性。彼女達は社会においてもまた確かなアイデンティティを必要としています。

今世紀は女性が個として生きる過渡期でしたから、家族においても社会においても、女性達は何ものにも囚われずに生きようとして多くのMsが生まれました。

そして、主婦であるMsはホームオートメーション化に伴い家事労働から解放されたものの精神的な解放にはいたらず、仕事を持つMsは社会人として自己を確立しようとすると、現実には男のように生きることが強いられました。

未婚・既婚に囚われない性を生きようとした時、そういった新しい概念を受け入れる場所が、社会にも自分自身の中にも明確には存在しなかったことに、多くのMsは気づいたのではないでしょうか?そんなふうに今世紀は精神的に本来の女性らしさが失われていったような気がします。

MsとはMr.になることではなく、Mr.に値する新しい性を確立することではなかったでしょうか。女性らしさを犠牲にしては本当のMsは生まれません。
それはMr.の模倣にしか過ぎないのです。本来の女らしさを失うことなく、男達と共に新しい時代を生きてゆけるとしたらどんなにか素晴らしいことでしょう。

21世紀の社会では出産も子育ても女性の絶対条件ではなくなっているかもしれません。Msは個人としての能力を今以上に問われることになるでしょう。あるいは、少子化の結果より高度な教育が要求されるかもしれません。男女関係も様々な形態を持ち、その結果としての家族の在り方も多様化して社会の基本単位は完全に個人に置き換えられるでしょう。

出産や授乳のような本能的役割以外は、仕事も育児も男女の差別なく与えられることになります。台所用品も女性だけを対象にしたものではなく、もっと男性的な機能美を持ったものに変わり、料理の好きな男性は今よりずっと増えるはずです。女性達の家事は労働から共同作業の喜びへと変わります。コンピュータ導入による在宅勤務が常識となれば、家族が一緒にいる時間が増し、妻達は疲れて寝に帰るだけの夫ではなく、厳しい仕事に向かう男の顔を見ることができるでしょう。宇宙開発に伴い男達の地球外勤務が増した時にはMsが代わって地球を守っていくかも知れません。21世紀にはMsにあらゆる可能性とその能力を発揮できる場所が与えられていることを期待します。

だから、今<Ms>とは<Msらしさ>とは何かを女性自身がもう一度考え直す時ではないでしょうか?Msは自分との闘いに終止符を打ち、新たな世紀へと大きく変貌を遂げその地位を確立していくのです。

追記 21世紀もあっという間に16年目に突入。Msって今死語?

セイコー応募作品(1985年頃)

生まれてこのかた視力は1.5を落ちたことがなかった。三十歳をすぎてからも特に変化もなく、まわりに眼鏡をかけた若い人達を見ると気の毒に思っていた。小さな子供や小学生にいたっては親の責任だと本当に思っていた。暗い所で読書をしたり、ファミコンに興じた結果だと勝手に決め込んでいた。

そんな私も職業を変えて5年目あたりから細かい製図を引いた後にぼんやり辺りの景色が霞んで見えることが多くなった。疲れ目だから休めば治ると思っていたら、どうやらだんだん酷くなっていくようだ。

ある時、帰宅して家のドアを開けた途端、家の中が煙で充満していた。慌ててどこか火の不始末があるのではないかと娘と各部屋を見て回ったが、どうやら私の目の錯覚であったらしい。何度目をこらしても白くかかってみえるのである。何もしないでいる休日でも気のせいか部屋の中に薄靄がかかったように見えたりするときがある。

(眼鏡かな…)と思いながらも検眼に出かけるほど切羽詰ったわけではない。眼鏡をかけたことの無い人たちのなかには、私のように眼鏡を老いの象徴のように思っている人が意外と多いものだ。

先日もバイトの若者が仕事の注意を与えているときによそ見をしているので、

「人の話を聞くときには目を見なさい。目を!」

と注意したところ、

「見ています。」

と静かに反論されたので、驚いてよく見ると、いつもかけている眼鏡をその時に限って外しているではないか。そして無言で講義するかのように私に真っ直ぐ向けられた目は僅かではあるが斜視であった。

「気にしなくてもいいですよ。」

と若者は眼鏡を掛けなおして姿勢を正したが、私は彼の目を見返すことができなかった。

後日聞くところによると、その若者は眼鏡なしでは2~3メートル先の人の顔もはっきりとは判別できないということだった。道ですれちがって挨拶されても誰だか判らないときがあるそうだ。私は知らず知らずのうちにそういう人たちのことを考えずに暮らしてきてしまったようだ。最近、目のかすみが頻繁になってきて、自分のそういう人たちの気持ちが判るようになるのかな…と考えていた時、毎日新聞のセイコーの広告を見た。

<目をみはる、セイコーです。>

というコピーと共に一面に大きく眼鏡をかけた女性の顔が載っていた。

思いっきりショートにした髪と細いフレームがよく似合い知的な雰囲気をかもしだしている。私、眼鏡が似合うでしょう?といった笑顔でないのが嬉しい。太い眉と引き締まった表情が意志の強さを表している半面、軽く合わせた口元が女らしい。成熟した女性の美しさが、眼鏡なしでは有り得ないのではないかと思うほどよく似合っていた。


追記 セイコーって眼鏡屋さんだっけ?原稿料もらっておいてこれはないか…

工房設立の際友人に宛てた手紙より(2005年)

足場が外れて工房の全貌が姿を現しました。アンデスの空のようなインディゴブルーと菜の花のようなクロームイエローのコントラストが何とも言えず落ち着きます。

好きだ!という気持ちはとても大切ですね。理由も無くただ好きだ!という気持ちほど有無をも言わさず人を引きつける力があるものだと思います。

京浜工業地帯の中心にある川崎という街のイメージは公害とトルコと競輪でした。自分のおぞましい思い出と共に、そういった全てのものを内側から払拭したいと思います。

近所の顰蹙を覚悟の上で選んだ外壁の色でしたが、意外にも年寄りたちが「カッコいいねぇ~」と楽しそうに眺めて通り過ぎていきます。モノトーンな退屈な時間と空間を少しでも色めかせればと願っています。

ふと、Rolling Stoneが転がり続ける理由が判ったような気がしました。あれはただただ、最後に砕け散るためだけに転がっているのではないかと思えてきました。別に苔むしたっていいじゃないか…なんて最近は思ったりします。

加齢で急速に進む脳細胞の破壊を受け入れながら、その最後の1セルを使い果たすまで、私は軽やかに笑いを振りまきながら転がり続けることにします。

友人への手紙抜粋(2005年)

昨夜はお互いによく話しましたね。

 

 昔語りを聞いていて、N子さんが<芸>などと難解な表現をするものだから、ふと思ったのですが…お互いに過去を語れるということは、年月が経ち、やっと自分の中にひとつのストーリーが見えてきたからではないでしょうか?

人生を舞台に例えて言うと…

 幕が上がり、人生はいきなりアドリブで展開していきます。主役は自分です。自分の人生の主役を自分以外の誰が演じることができるでしょう。観客は世間でしょうか、他者であることは確かです。中には大根役者もいることでしょう。共演者に恵まれず酷い舞台になることもあるでしょう。裏方のようなスタッフ選びもとても大切なことです。これを誤るとどんなに主役が優れていても、つまらない舞台になってしまいます。

与えられるのはどんな役柄なのか?

 不本意な役回りのときもあれば、一人何役もこなさなくてはならないときもあり、一人芝居のときもあるでしょう。滅多にないことですが、初めから素晴らしいスタッフと共演者に恵まれ、感動の舞台に観客から拍手喝采を浴びることもあるかもしれません。そんななかで、極めていない自己満足の一人芝居ほど退屈なものはありませんが…。

 ぶっつけ本番の舞台は、初めは覚束ない台詞を口にし、気負い過ぎて迷言?を吐いたりしますが、回を重ねるにつれ誰しも皆自分流を身につけて主役も段々板に付いてきます。基本あってのアドリブですから、基本を会得するまでは誰もが試行錯誤なのです。

  演じるということは嘘をつくということとは違います。幕が下りるまで他者相手の真剣勝負なのです。人生のプロ?もまた、他者が何を感じ取るかということを重んじることが出来るということなのでしょう。そして…決して観客の期待を裏切らない。(簡単に言えばあちこち痛くなっても笑顔で居られるといったような?芸?)

 さしずめ、昨夜は幕間に舞台裏の暗闇でお互いの舞台を振り返ったようなものかもしれませんね。私はN子さんの舞台の端役でもあり観客で、N子さんもまた私の舞台の観客で、しかも大切な裏方でもあります。今はまだ解釈の違いを正す間もなく、一息ついたら慌ててそれぞれのステージにあがって行かなければなりませんが、いつの日か二人ともラストステージを控えながら、ゆっくり温泉に浸かるときがくるといいですね。

追記 先日共通の友人が亡くなり10年ぶりに再会を果たしたN子さんとは、いまだに温泉旅行の夢は実現していません。まだまだ先のことになりそうです。

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